教室の窓からぼんやりと見上げた空は、雲一つなくどこまでも青い。太陽のまぶしさに目を細め、汗ばむ首すじをハンドタオルでぬぐった。窓をすべて開け放っているのに、いくら風が入ってきてもうだるような暑さは少しも緩和されない。

 夏休みの補習なんてどうしてあるんだろう。教師のチョークを走らせる音を聞きながらぼんやりと思う。夏休みの真っ只中にこうして受ける授業はやはり気が緩む。

 窓際の席は好きだけど、こう暑いとさすがに辛い。机の上には日光が当たり、ノートから煙が出そうだ。

「先生、カーテン閉めていいですか?」
「おう」

 立ち上がって後ろに行き、長いカーテンを引っ張る。と、その時、向かい側の校舎の廊下に見慣れた白衣が見えた。遠目からでも良くわかる真っ白な白衣にわたしの心臓が大きく鳴った。

 一瞬だけ触れた唇の感触。
 間近で感じた大人の男性の気配。
 まるで罠にかかったウサギのように震えたわたしのからだ……
 カーテンを握り締め、流れるように廊下を歩く姿に目を奪われた。


「おい、早く席につけ」

 物思いはふいに破られ、頭の上に丸めた教科書がポンと置かれた。クスクスと笑うクラスメートの声に、慌ててカーテンを閉めて席に戻る。
 網膜に焼きついた真っ白な白衣はいつまで経っても消えなかった。



 二時間の補習が終わり、クラスメートたちは散り散りに教室を後にした。いつもよりも軽い学生鞄を持ち、わたしもそれに続く。向かいの校舎に行くための渡り廊下を歩き、さらに人気のない階段を上った。

 生物室の前まで来て、一瞬立ち止まる。いつもよりも早い鼓動はいくら深呼吸しても抑えることが出来ない。息を止め、扉に手をかけそっと開けた。

 南向きの窓は全開で、太陽の光と風が教室中に溢れていた。その風を受けるように、先生が窓に一番近い机に腰掛け外を見ていた。いつもきっちりと整っている髪が、風にあおられて少し乱れている。それだけで胸が少し苦しい。


「……こんにちは」
「よお」

 振り返った顔は楽しげで、わたしの心の中に吹き荒れる感情も、このうだる様な暑さもまるで気にしていないようだった。

 一番後ろの机に鞄を置き、金魚の水槽に向かった。
 ゆらゆらと浮かび上がってくる七匹の金魚たちに、一つまみの餌を与える。水槽のある場所はちょうど陰になっていて、直射日光は当たらない。この暑さでも金魚の食欲は変わらず旺盛のようだ。

 背後でシャッとカーテンの閉まる音がした。暗幕のような黒いカーテンは、一瞬で教室の半分を薄暗くさせる。
 コツコツと響かせながら近づいてくる靴音に、わたしの鼓動がまた早くなった。

「さっき怒られてただろ?」

 すぐ後ろで声がした。
 心地良く響く低い声。
 振り向けないまま、わたしはぎゅっと目を閉じる。

「……怒られてません」
「よそ見してるからだろ」
「……してません」
「うそつけ」

 ふっと笑う声がわたしの耳をくすぐった。
 わたしの耳たぶに触れる、乾いた唇と……歯の感触。
 後ろから抱き寄せられた腕は思っていたよりも力強く、微かに石鹸の匂いのする白衣がわたしの震えるからだを包んだ。

「盗み見ならもっとうまくやれよ」

 頭を傾け、露わになった耳元に触れる唇の感触に、わたしの鼓動と先生の吐息以外のすべての音がなくなった。
 うっすらと開けた目の前で、七匹の金魚がゆらゆらと揺れていた。







おしまい





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えー、またここでっ!??と思われると思いますが、またこれで終わりなのです(^^;w
妄想が広がるでしょ?w

先生は怪しさ満点ですねっ。
彼女、逃げてっ逃げてっ……みたいな(笑)
どうやら私はブラックな男の人が相当好きなようですw

さて、この先どうなんでしょうねぇ…。
またお話が出来たら書きたいと思います。
その時には名前がつくかな??



2010年5月4日 小鳥 拝