『ロマンティックは似合わない』
どこでも読書さん2013年冬のエタニティフェア用SS
「プロポーズはきみから?」


 庭の大きな銀杏の木の葉が黄色く色づき始めたころ、慎哉さんが自動車の運転免許を取得した。

 事の起こりは春のこと。わたしの祖母、有田五月が家のまわりを掃除中、側溝の隙間に落ちて足首を捻挫した。
 ちなみに、その時すぐに病院に連れて行ってくれたのは、たまたまアパートに居て、祖母の叫び声を聞いて駆けつけた慎哉さんだった。
 昼休み中に携帯電話をチェックしたら、着信と留守電が入っていて、なるべく冷静に話そうとする慎哉さんの声が聞こえた。
『な、七実ちゃん。五月さんが怪我をしたんだ。今病院に居る。足首を捻挫して、でも、捻挫だけだから、大丈夫だから』
 自分でも驚くほど心臓をバクバクさせながら、折り返し電話を掛けるとすぐに慎哉さんが出た。治療はとっくに終わっていて、その時はすでに自宅に戻って来ていた。
 骨折までいかなかったのは不幸中の幸いだったけれど、捻挫の具合はかなり悪く、これから毎週リハビリに通うことになったと彼が言った。
『七ちゃん、ごめんねぇ心配掛けて。まったくあの溝の蓋がズレてたなんて気づきもしなかったよ』
 電話を代わってもらい、ブツブツ文句を言いながらも元気そうな祖母の声を聞いた瞬間、心の底から安堵して、膝から崩れそうになったのは、二人には今でも内緒だ。
 結局その後のリハビリの送迎も、有難いことに執筆の合間をぬってすべて慎哉さんがしてれくた。せっせとリハビリに励んだおかげで、夏が来る頃には祖母の捻挫もようやく完治した。
 そしてそのお祝いの席で、突然慎哉さんが宣言をしたのだ。自動車の運転免許を取得すると。
「怪我をするのが五月さんだけとは限らないでしょう。七実ちゃんだって急病になるかもしれないし。これからまた何があるかわからないから、車の運転くらい出来るようになった方が良いと思うんだ」
 それを聞いて、一番喜んだのは祖母だった。数ヶ月間通っていた病院はそこそこ距離があり、慎哉さんが同行してくれるとはいえ、毎回タクシーで行くのは不便だったらしい。

 慎哉さんは、早速その翌日に近くの教習所に申込みに行き、祖母は顔見知りの建設会社の担当を呼んで、自宅の庭に駐車場を作るよう依頼をした。
 二人の行動力に唖然としながらも、実は内心で期待していた。
 わたしだって一応恋する女なのだ。祖母には悪いけど、恋人とドライブのひとつくらいはしてみたい。都内を移動する分には電車で十分だから必要ないと思っていたけれど、車があればあるで、恋人といろいろなところへ行ってみたいと思うのが、女心を言うものだろう。

 そして夏の一番暑い時期に、自宅の庭に屋根付きのやたら立派な駐車場が出来た。元々車が通れるような門もなかったから、家の周りの塀を大部分壊し、玄関への門と車用の大きな門も新しく作った。もちろん、溝の蓋もすべて取り換えた。
「こんな立派なの作ったら、慎哉さんに余計なプレッシャーがかかるんじゃない?」
 思わずそう言うと、祖母が不機嫌そうな顔になる。
「良いじゃない。いつかは必要になるんだから。それに、あの子だってやる時はやるのよ」
 フフンと妙に自信満々な顔で言う。
 半信半疑だったけれど、わたしの予想とはまったく逆で、慎哉さんは真新しい駐車場を見て、俄然やる気を出したようだ。
「五月さん、ありがとうございます。俺、頑張りますから!」
 そう改めて決意してから、慎哉さんはどこに行くにも教習所の教本を片手に持っていた。二人で散歩するときも道路標識ばっかり見ていた。
 元々勉強熱心なタイプなんだろう。標識や法律を覚えるのは得意のようだった。ただ実施教習は苦手らしく、いつもぐったりと疲れて帰ってきた。
 運転技術云々より、教習所だから当たり前なのだけれど、隣に教官が座っていることが苦痛だったようだ。
 そして、執筆の合間にせっせと教習所に通い詰めていた慎哉さんは、秋が深まった頃に無事に自動車免許を取得した。ちなみにAM限定だ。
 人と接するのが苦手な彼が、想像するだけで厳しそうな教官相手によく頑張ったと、その日は盛大にお祝いした。

 そして数日後、慎哉さんが嬉しそうな顔をして、母屋にやって来て言った。
「今日、車を買ったんだ」
 これまでの彼を思えば、驚くほどの行動力だ。
「どんな車にしたの?」
 興味津々の祖母に照れくさそうに笑い、ただ楽しみにしていてくださいとだけ言った。内心一緒に選んでみたかったなと思いつつ、売れっ子作家の車なのだからやっぱりベンツがBMWかと、若干、いやかなりウキウキしながら急ぎ足で帰ってきた納車日当日。
 庭の真新しい駐車場に止まっていたのは、真っ白なワンボックスカーだった。いわゆるファミリカーというやつだ。
「後ろは両方とも電動のスライドドアなんだよ。お年よりや子どもも乗りやすいんだって。シートもフラットに出来るし、将来もし五月さんが車椅子になっても、これなら大丈夫でしょう」
 嬉しそうな慎哉さんの顔を見て、ミーハーな自分を猛烈に反省したことも内緒だ。彼の免許取得の理由をまともに考えてもいなかった。彼が頑張ったのはスポーツカーに乗ってドライブすることではなく、わたしたちのためだったのに。
 ああ、わたしはまだ嫌な女だわ。
 慎哉さんに誘われ、助手席や後ろの席にも乗ってみた。確かに、祖母でも、そして子どもも乗りやすそうだ。車高の高い車だから前の見晴らしも良い。
「素敵じゃない」
 車から降りて言うと、慎哉さんがまた嬉しそうな顔をする。
 その時、風が吹いた。もうすぐ冬を感じさせる少し冷たい風。庭の木を揺らし、銀杏の大量の葉がざわりと大きな音を立てた。
 吹き上げるような強い風がわたしのスカートを巻き上げ、髪を乱し、思わず目を閉じた瞬間、
「な、七実ちゃん」
乱された髪を押さえながら見上げると、慎哉さんが神妙な、そして緊張感いっぱいにわたしを見ていた。
 ああ……。心の中で息を吐く。
 なんとなく、そんな予感がしていた。彼が彼らしくない行動を取り始めた時から。彼も、きっと祖母も、こうすることを決めていたんだろう。
 彼の背後にはまあるい月が浮かんでいた。あまりにも明るくてキレイで、思わず見入ってしまう。
「七実ちゃん」
 視線を逸らしたわたしに彼がもう一度言った。
「なあに?」
 今度はちゃんと慎哉さんの顔を見る。
「さ、五月さんのことももちろんだけど、お、俺は……」
 月光のせいで、彼の顔は赤いんだか青いんだかもわからない。でも、今にも卒倒しそうな表情をしているのは確かだ。
 あーあ、もうなんて顔しているの? 
「お、俺と、けーっ、けっ、けっ」
「……大丈夫? 変な鳥の鳴き声みたいよ?」
 半ば呆れ顔で言うと、慎哉さんがぶんぶんと首を振って頷いた。
 仕方がないなぁ。まあ、そう言うところも可愛いと思えてしまうから、恋って素敵ね。
 それに、わたしには反省すべき点がまだ多々ある。ならば、今回はわたしが頑張ってみることにしましょう。
「この車、何人乗り?」
 いきなりわたしがそう言ったので、慎哉さんが一瞬面食らった顔になった。
「えっ? えっと七人乗りだけど……」
 七人か。わたしと彼とおばあちゃんで三人、ということは、
「わたし、子どもを四人も産めないと思うけど」
 そんな子沢山の自分は想像出来ない。そもそも、母親から満足な子育てをされてこなかった自分が、ちゃんと子どもを育てられるのか不安がある。慎哉さんも同じだろう。
 でも、二人でなら、なんとかなりそうな気がした。
「い、いやそこまでは……え?」
 驚いたままの彼を見上げ、にこりと笑ってみせた。
「そうね、じゃあそろそろ結婚しましょう」
「な、七実ちゃん!?」
「それが言いたかったんじゃないの?」
 小首をかしげるように彼を見上げると、うんうんと無言で頷き、そしてわたしにぎゅっと抱きついた。
「な、七実ちゃん。お、俺、絶対に幸せになるっっ」
 ……きみを幸せにする、の間違いじゃないの? 
 と思ったけれど、感極まってすでに泣いている彼に何も言えず、腕を回しての慎哉さんの背中をゆっくりと撫でた。
「まあ、あなたが幸せなら、わたしもきっと幸せね」
 わたしがそう言ったら、慎哉さんがまた泣いた。その涙を見て、自分でも泣けてきた。正真正銘の嬉し涙だ。
 二人で散々泣いた後、少し照れくさそうな彼に笑いかけたわたし。そして、もう一度抱きしめあった。
「今度、三人で早速ドライブに行こう」
「そうね、温泉でも行きましょうか。これからの季節なら、きっと素敵だわ」
 二人でクスクス笑って、ちょっと名残惜しげにおやすみなさいと告げて家に入ると、ちゃっかり一部始終を見ていたらしい祖母がニヤリと笑った。
「これが本当の怪我の功名ってやつだね」
 そう得意げに言いながら、自室に戻っていく。その後姿を眺めて、まあその通りだわと肩を竦めた。

 そして、庭の銀杏の葉がすべて落ちた天気の良い日曜日、有田七実は高木七実になりました。





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MEMO

このお話は、アルファポリス様から出させて頂いた書籍、
「ロマンティックは似合わない」のSSです。
2013年の冬頃「どこでも読書」さんのエタニティ・フェア用に書き下ろしました。

「ロマ似」のフェア用のSSはもう一つあるので、近々upしますね。
って文章をさっき読んで、ヤバッと思ってupしました(--;
ほぼ1年経ってますね…すみません。

七実と慎哉さんのプロポーズのお話でした。
これの続きが文庫版の書下ろしの出産話になります。
で、とりあえずこれで「ロマ似」のお話は終わりです。

今読み返すと、「ロマ似」って暗い話なんですよねぇ。
今のエタニティからは絶対出してもらえない内容かも。暗いからww
でも自分にとっては書きやすい暗さでした(#^^#)

おつきあいありがとうございました。

2016年1月
桜木小鳥