ロマンティックに狙い撃ち 書下ろしSS
『愛ノ言葉』


 休日の都心の繁華街は大勢の人で賑わっていた。クリスマスを目前に控えているので、当然といえば当然だ。
 わたしもクリスマスにそなえ、ゴルゴに付き合ってもらって、家族へのプレゼントを買ったばかりだった。
 時々吹いてくる冷たい風にからだを震わせながら、隣を歩くゴルゴを見上げた。眉間にぎゅっとしわを寄せ、全身黒づくめでズンズンと歩くその姿は、やっぱり異彩を放っている。
 どうして黒を着るんですか?
 思い切って本人にそう尋ねたのはつい最近のことだ。
 わたしの質問にゴルゴは、
「その方が、からだが締まって見えるだろ?」
 そう照れくさそうに答えてくれた。
 ゴルゴは決して太ってはいない。ただ大きいだけだ。でも、そのからだの大きさを本人は気にしているらしい。確かに、一般的に黒は細く見えると言われている。
 言われてはいるけれど……かえって恐ろしさを増してますからっっと、一昔前のお笑い芸人のようなつっこみを心の中で入れてしまった。
 そう言う今日のわたしは彼とは対照的で、寒さ対策で着膨れした上、さらにコートの上からマフラーをぐるぐる巻いて、まるでだるまみたいだ。歩きながらショーウインドウに映った二人を見ると、数字の一〇のようにも見える。
 わたしの方が黒を着た方がいいみたい。
 でも二人して黒づくめだと、もっと変だよね。それこそお笑い芸人みたい。
 そんなことを思いながら歩いていると、
「あら、もしかして東堂くんじゃない?」
 ふいに女性の声がして、思わず視線を向けた。それと同時にゴルゴの足もピタリと止まる。
 見ると、中学生くらいの女の子を連れた背の高いキレイな女の人が、すぐそばのファッションビルから出てきたところだった。年齢は見た感じ四十台半ばで、どこから見ても上品でおしゃれな親子って感じだ。
 お子さんの方は見るからに怯えた目でゴルゴを見上げ、母親の後ろにそそっと隠れた。それとは対照的に、女性はニコニコと笑いながら近づいてきた。
「久しぶりね。元気だった?」
「どうも」
 ゴルゴが低い声で答える。
「あなた、相変わらずギャングみたいね」
 女性はゴルゴの全身を見回した後、可笑しそうに言った。
 ギャングか……そういう表現もあるんだ。
 なんて考えながら、随分と親しそうな彼女の雰囲気にちょっと戸惑う。
 だって、大抵の人は男女ともゴルゴに対して怯んだりする。でも、この女性にはそういう怯えのような感情は微塵もない。それに対峙するゴルゴの方は相変わらずの無表情だ。
 仕事関係の人かしら? それとも親戚? ……んん? もしかして、もしかすると……?
 とその時、くだんの女性がふいにわたしを見た。その興味深そうな視線に思わず背筋が伸びる。
「……随分と可愛らしい人ね。妹さん?」
「いや、恋人です」
 ゴルゴがそう答えると、女性が驚いたように目を見開いた。その驚きようから、どうやら親戚ではないようだ。だって由美子さんを知らない親戚なんて居そうにないもの。
「こ、こんにちは」
 半ばゴルゴの後ろに隠れるように会釈をすると、その人も少し戸惑ったようなぎこちない笑みを浮かべた。
「こんにちは。お邪魔してごめんなさいね。懐かしくてつい声を掛けちゃったの。わたしも娘と買い物途中なのよ。それじゃあね」
 女性は一息にそう言うと、最後にゴルゴの顔を見てから、娘さんと連れ立って人込みの中に消えた。
 心の中に少しずつ広がっていくモヤモヤを感じながら、二人が消えた方角をじっと見ていたわたしの手を、ゴルゴの手がそっとつなぐ。振り返って見上げると、ゴルゴがいつも通り、優しいまなざしでわたしを見ていた。
「行こうか」
 促されて、なんとなく歩き出す。
 ゴルゴは何も言わない。わたしの頭の中にあるいくつもの疑問をどういう風に伝えれば良いのか。しばらく考えたあと、思い切って口を開いた。
「さっきのはどなたですか?」
 つないでいたゴルゴの手が、一瞬ピクッと動いた気がした。
「…………昔、新人の頃、少し世話になった人で……」
 低い声が頭の上で響く。
 なるほど、仕事関係か。それにしては間が空き過ぎじゃない?
「それだけですか?」
 下からじっと見上げてみると、前を向いたままのゴルゴの眉間に小さなしわが寄り、かすかな唸り声がした。
「……元カノ、とか?」
 畳み掛けるようにそう言うと、そのしわがさらに深くなった。
 あら、どうやら図星のようだ。
 なーんだ、やっぱりか。
 小さなため息をつくと、つないでいる手に力が篭った。
「……すごく昔、少しだけ、短い間だけだ」
 落ち着いた低い低い声はいつもと同じだ。誤魔化す様子もない。さっきの人はゴルゴよりも年上に見えたし、娘さんも大きかったから、ゴルゴの言う通りかなり昔の話なんだとは思う。
「キレイな人でしたね」
「そうだな」
 ゴルゴの口から自然と出てきた言葉に、思わず立ち止まった。つられて止まったゴルゴは、わたしの顔を覗き込むなり、
「み、みくの方が可愛いよ」
 慌てるようにそう言った。
 わたしの顔にいったいどんな表情が浮かんでいたんだか。
 キレイじゃなくて、カワイイんだ。
 ま、いいけど。
 ワタワタしているゴルゴがなんだか可笑しい……けれど、当然のことながらモヤモヤは治まらない。
 なんとなく面白いんだか面白くないんだかわからない、そんな気分のまま、また歩き出した。
 やはり元カノという存在は、わたしには少なからずショックだったようだ。しかも何の前触れもなく、いきなりの現れたので余計に戸惑ってしまったのも事実。
 それが“とても美人な年上の彼女”だった場合は特に。
 そっかぁ……ゴルゴの元カノは年上なんだ……。ずっと前ってことは新人の頃かしら? 彼女も同じ会社だったのかな? それで、ゴルゴにいろんなことを教えたりしたんだろうか……。
 具体的に考えるのは精神衛生上よろしくないので、あえて考えるのはやめた。
 でもまあ、そうだよね。彼女がいたって当然か。
 ゴルゴはわたしよりも年上だし、社会経験だって長いんだもん。当然つきあっていた人だって何人か居ただろう。いい大人なんだし、居ない方がかえっておかしい。
 それにしても、改めて考えるとゴルゴって美人にモテル人なんだなぁ。
 上條さんにしても、さっきの人にしても。二人とも背が高くてすっごくキレイな人だった。男の人はやっぱりああいう感じが好きなんだと思う。
 なのに、ゴルゴはどうしてわたしを選んでくれたんだろう。
 その時、またショーウインドウに二人が映った。全身黒づくめで、まあ締まって見えなくもないゴルゴと、まん丸に着膨れたわたし。
 ほら、やっぱりだるまみたい。
 さっきの人みたいにすらっとした美人でもない。
 きっとさっきの彼女も驚いたに違いない。わたしとゴルゴは、悲しいかな外観的にはあまり釣り合いが取れていないから。
 意味のない自己嫌悪に陥りつつ、わたしもゴルゴも無言のまま歩き続けた。ただ繋いでいる手は温かい。その手の温かさが、わたしの戸惑いを少しずつ消していくような気がした。

「……みく」
「はい?」
 見上げると、ゴルゴはまだ前を向いたままだった。
「……さっきの人は、入社した当時に世話になった人で、短い間だけそういう関係だった。でもその後彼女は退社したし、それ以来は会ったこともない。もちろん今はみくだけで……」
 低い声で静かに語りながら、きっと焦っているであろうゴルゴ。じっとりと汗ばんだ彼の手が、彼の動揺を唯一表している。
「いやもう、別に良いですけど……」
 一瞬、やっぱりそうだったかって思ったりもしたけど、でももう大人なんだもん。元カノとか気にしても仕方がない。いややっぱり気にしちゃうけど、でもそれってどうしようもないことだし。
 今、この人の隣にいるのはわたしで、それも変わらない事実なのだ。
「いや、よくない。もう帰ろう」
 ゴルゴはそう言うなり、わたしの手を引いて歩くスピードを上げた。
 彼のあまりの気迫に、人込みが真ん中から半分に割れ、混雑しているはずの道をわたしたちはほぼ駆け足で通り抜けた。そのまま車を停めてある駐車場まで行くと、わたしを助手席に押し込み、さっさとエンジンを掛けて走り出した。
 いつもよりもスピードを上げ、混んでいる大通りを避けて、裏道をすいすいと進んでいく。時々ちらっと見ると、ゴルゴは眉間に深いしわをよせたまま前を凝視していた。
「どうしたんですか?」
 時々わたしが声を掛けても、唸り声で答えるだけだ。
 お腹でも痛いのかしら?
 ゴルゴとの会話を諦めて、窓の外を見た。いつもよりも少し早く流れる景色に目を走らせる。
 彼は何を焦っているんだろう。元カノと鉢合わせして動揺してる? 彼女が結婚して子供がいることがショックだった? 
 昔の恋人に会うと、そんなに動揺するものなのだろうか。あいにくわたしには元カレがいないので、その気持ちはわからない。
 動揺するってことは、少なからずその人への気持ちが残っているってこと? 
 そう思った瞬間、ものすごく嫌な気持ちになった。
 訳のわからないモヤモヤは、どうやら“嫉妬”だったようだ。過去のことだから仕方がないとは言え、ゴルゴが自分以外の女性に気持ちを向けることが許せない。心が狭いとは思うけど、こればかりは譲れない。
 ああ、わたしってこんなに独占欲の強いヤキモチ焼きだったかしら……まあそうかもしれない。
 そんなことを考えている間にゴルゴのマンションに着いた。さっさと駐車場に車を停め、またわたしの手を引いて、ゴルゴの部屋へと向かう。
 玄関の扉を開け、中に入り、扉を閉めた瞬間、ゴルゴがわたしを抱き寄せて唇を合わせた。
「んんんっ」
 突然の深いキスに驚いて息が出来ない。執拗に口の中をさぐられ、その甘さに頭が痺れそうだ。
 どうしてゴルゴはこんなに焦っているの? やっぱりやましいことがあるんだろうか。
 唇が一瞬離れたすきに、ぷはっと息を吐いた。またキスを続けようとするゴルゴの胸に手を置き、思いっきり突っ張る。
「み、みく?」
 戸惑ったような彼を下から見上げた。
「もしかして、さっきの人がまだ忘れられないんですか?」
「まさか!!」
 心底おどいた顔をして、ゴルゴが言った。
「じゃあどうして、こんな言い訳みたいなキスをするの?」
「……」
 ゴルゴは困った顔をしたままわたしを抱き上げて、器用に靴を脱がせて部屋の中に入った。そのままリビングのソファに座り、わたしをひざに乗せてぎゅっと抱きしめた。
「未練があって動揺したわけじゃないよ。久しぶりで驚いたけど……そういうんじゃないんだ。でもみくが怒ってる風だったから……」
 ああ。やっぱり顔には出ていたのか。
「みくを悲しませたくないんだ。本当に今はみくだけで、他の誰も関係ない。……言葉では上手く言えないけど……」
 ゴルゴはそういうと、またわたしにキスをした。今度はさっきみたいに性急じゃなく、穏やかなキス。
「みくの方が可愛いよ。俺は……可愛い方が好きだ」
 まあ、それは否定しないけど……
 なんだか上手く誤魔化されてるような気もしないでもないけれど、優しいキスに心がとろんととけていく。
 ゴルゴの背中に手を伸ばし、抱きしめようとするけれど、分厚いコートが邪魔をして手が届かない。
「わたしたち、着過ぎてません?」
 唇が離れた一瞬に、わたしが言った。ゴルゴは唸るような声を上げたあと、素早くコートを脱ぎ、わたしのマフラーとコートも脱がせてくれた。ついでに中に着ていたカーディガンも脱ぎ、途端に軽くなったからだをゴルゴの胸に預ける。太い腕がからだにまわり、ぎゅっと引き寄せられると、温かな体温が心地良くて、ほっと息をはいた。
 シャツの裾からゴルゴの手が滑り込んできた。素肌に触れる温かな手の感触に、うっとりと目を閉じる。両腕をゴルゴの首に回し、自分から唇を寄せてまたキスをした。
 胸を包むように愛撫する大きな手が気持ち良い。背中を撫でる手が心地良い。唇とすべらかな舌が触れるたび、心の中のモヤモヤやつまらない嫉妬が消えていく。
 彼の腕の中にいるのはわたし。過去がどうであれ、今、ここにいるのはわたしだ。ゴルゴの言葉を疑う理由はなにもない。
 ゴルゴの唇が耳に触れた。熱い息がかかると、くすぐったいような、それとは違う震えがからだを走る。
「みく、愛してる」
 それは揺るぎない愛の言葉。
 背中からゆっくりとソファにからだを沈め、おいかぶさってくる温かさを、両腕を伸ばして受け止める。強く抱きしめてくれる腕の力強さに、自分の心も強くなる。
 様々な過去が今の彼を作っている。それはわたしも同じ。
 そして、わたしは今の彼を愛してる。それは彼も同じ。
 大切なのはきっとそれだけ。
「大好き……」
 最強の愛の言葉をゴルゴの耳元でそっとささやき、ありったけの力を込めてその大きなからだを抱きしめた。





おわり

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MEMO

このお話は、アルファポリス様から出させて頂いた書籍、
「ロマンティックに狙い撃ち」のSSです。

2011年の秋頃「どこでも読書」さんという携帯サイトで行われた、
エタニティ・フェア用に書き下ろしました。

担当さんのリクエストが、
「ゴルゴのモトカノとみくちゃんが対峙するお話」
だったので、そんな感じのを書きました(^^:

ようやくサイトに掲載出来て嬉しいです。
楽しんで頂けると幸いです。


2014年12月
桜木小鳥